うちの家には色んな人がくる。これからの話は一旦置いといて、来てた。

でも、不思議なことにあまり“普通な人”はこない。一般常識では計れない何かをもっていたりすることが多い。

俗に言う、マイノリティな人。

その中で、元々丹波に生まれ、今は他のところに住んでいる人という括りで見た時に、そのほとんどが、
『丹波に帰りたくても帰れない』
『実家と一悶着あるから戻れない』
『親が戻ってくるな、外に出ろというので戻りづらい』
等。

このケースが大半を占める。
年齢的には20~30代。

こういった属性ごとに分けて考えた時に、直接会って話を聞いたという体験があるせいで、本来であればマイノリティ側であるはずの意見が、実際に自分の耳に入ってくる割合が多くを占めてくると、囚われてはいけないとわかっていながらも、ほんまにマイノリティ側か?と疑問がついてくる。

当然、生まれも育ちも今も丹波に住んでいるという属性の人間もいる。

彼らにこの話をし、聞くと、
『え?まじすか?そんなことあるんすか?でてったやつもバンバン帰ってきてますよ?』
という反応が多い。

どっちがマイノリティかなんてことは、どこぞの研究家に任せるとして、俺個人としてはどうしても直接聞いた体験として帰ってこれないという話の方が多い訳で、それであればじゃあなんとかしようかと取り組む先として気持ちが入るのは、帰れないという奴らの方になる。なんとかしようという矛先に、誰かしらの顔が浮かばないことにはやりきれない性分でもある。

顔の見えない先にはあまり頑張れないという個人的な性分もある。

今年度から移住相談窓口をやってる。
その関係で、特に最近色んな立場の、色んな考え方の、色んな話を聞く。

でも、うちができた当初からずっと聞いてきた話でもある。
そうして帰れないといっている、20~30代の親たちはどういっているのかというと、
『帰ってきたって働く先がないやないか』
『どうやって家族養っていきていけるんや』
『仕事もない、人もどんどん減っていってる、村の仕事は増える一方。作業する人手はどんどん高齢化してきてる。』
『大学もない、大手企業もない』
『こんなとこよりも外にでていけ』
『帰ってこいとはよーいわん』
等。

聞いてる話だけだと、なんか結託してんのか?と思うくらい、下手したら誰でも一度はゆうてるんじゃないかと思う。
心の底から、嫌悪感MAXで言い捨ててるのは恐らく1~2割。あとは冗談半分。

体感値ですよ、あくまで。
どんなセリフであれ、言う方がいれば聞く方もいる。

いい悪いの指標だけでは判断つきにくいけど、どっちが悪いかといえば本人の素養の問題もあるのでケースバイケース。

俺はわりかし鼻が効く方なので、片方だけの言い分を聴いていても、ある程度の実態が把握できると思っているけど、先述のようなセリフを吐く親がおるんだという話を聴いていて、でも心の底から悪ですねという感触を受けることは少ない。

どちらかというと、

それって心配やからゆうてるだけちゃうかな?とか、
それって大事な存在やからゆうてんちゃうかな?とか、
それって大変な目に合わせたくないからゆうてんちゃうかな?とか。

要は、

『自分が味わってるこの大変な状況を子供らに味わってほしくない』
という立場で、そういってる感がある。もちろん、全員がそうじゃない。極悪人ですなという場合もある。

でも、自分の子供をそこまで嫌いになれるやつはそう見たことはない。
だからこそ、本音がお互いただの愛でしかないのに、食い違ってるケースに直面した時には、なんともいえないもどかしさを感じる。

うーん、なんでそうなるかなあ?
と、いいつつ、俺自身も過去に一度だけ、親戚一同と四面楚歌の合戦みたいになったことがある。

些細な話であるが、大学三回生の終わり頃、親戚一同で集まった際、卒業後の進路の話になり、就職するつもりはさらさらないという話をしたら大炎上。総スカン。

『なんの為に大学いかせたと思ってんの!(ほななんの目的で大学いかせてん)』
『そんなことの為に浪人までさせたんやない!(おれのやりたい方向性はそんなこと呼ばわりかいな)』
『とんだ親不孝もんやな!(ほな敷かれたレールに乗っかるのが親孝行なんか)』
等々。売り言葉に買い言葉状態。

いやー、若かったねあの頃は笑

おかんは泣きだすわ、親戚一同はやんややんやゆうわ、それに反撃してやんややんやゆうたら余計やんややんやとなり。
そこでずっと中立的に聴いてたじいちゃんが仲裁にスッと入り、間を取り持ってくれたおかげで今も親族一同平和に過ごせている。

どうしても距離感の近い対立は、団結する時はものすごく強固であるが、もめた時の決裂具合は尋常じゃなく決裂する。それも、いとも簡単に。たった一つの争点に、あれやこれやオプションがつけれるほどに相手を知りすぎているが為に。

だからこそ、その間に第三者がたち、互いの言い分を中立的に聴いていて、時にこじれそうになったり、時に危なくなったりした時にはスッと軌道修正できる存在というのは実に有難く意義深いものだと思っていて。

第三者を使う場面というのはすでにたくさんの場面で行われている。

例えば裁判沙汰になった場合のADRとか、近隣住民に迷惑をかけまくる人がいて自治会長に相談したり警察に通報しちゃう場合(自分がやんややんやゆうとややこしい)とか、彼氏彼女に関する相談を友達にするとか。ものすごく自然に、どこにでもありふれた手段で第三者を使う。

もし仮に、普段から帰りたくても帰れないなんていう人達とある一定の親密な関係性があり、その相反する相手方とも関係性ができる存在が、以前の俺のような環境下におかれた場合や、決裂後であっても再修正できる存在を、ものすごく自然なカタチでできないものかな?と。

その第三者というのは、時と場合によっては、ものすごく距離の近しいものでしかできない場合もあったり、ある程度の距離感をもった人の方がいい場合もある。

昔から結婚には仲人という存在をたて、婚姻の儀がうまくいくようにと便宜を図った。
三人寄れば文殊の知恵という。

二者間の間だけでは意見が対立した際に一旦でも結論を創り出しにくいもの。

だから、常日頃から第三者を話し合い等の場面に呼び、間に入ってもらうことを自然と行えるようになると、色んな物事が円滑に進むのではないか?と。

帰りたいけど帰れないなんていう現場は、およそ自然偶発的で割って入りにくい。入りたくても入れないこともある。

ただ、そのすくい上げにくいところにこそ、いまうちの家もとい俺が直面している現場であって、そこでしか役に立てそうにもない。最初に述べたように、俺の周囲に寄せられる声の主はそういう環境下の人たちが多く、他のところには影響の中に入りにくいからだ。

しかも、
俺一人で全員と仲良くなり、ありとあらゆる現場に入るのは到底難しく、逆に俺じゃない方が話が早い場合も多々ある。

色んな人達が、第三者もしれっと含めそれぞれが抱える課題に直面した際に有機的に繋がり立ち向かえる関係性ができたらいいなと。

このあたりが、丹波会を真剣に取り組もうと思い始めた理由の大きな一つ目。

こうした立ち位置の中立的な第三者の存在を、近年ではファシリテーターというよく訳のわからないまま輸入された横文字が横行しているおかげで、口先だけの肩書きだけのファシリテーターが世に沢山存在し意義が意味不明なことになっていることがあるが、かれこれ10年以上も前から名前だけやスキルだけが一人歩きして、本質的に最も大事なその在り方やセンスがないがしろにされすぎてきた。

そのあたりに関しても、一矢報いる場として、提供できればいいなと思っている。

二つ目。

かれこれ、移住に関する相談を受けることになり数ヶ月たつが、この間で誰に、どういう人に移住してもらうか?ということを考えると、今はIターンよりもUターンの方が意義深いと感じている。
それは一重に、誰か移住してきてほしいと地域から声があがってきたとしても、大体の場合が誰でもいいと思っていない。

そう、チョイスが入る。

よそ者であればあるほど、どういうやつかわからないし、長期的に人となりを見る必要があって、よくも悪くも、こいつは地域に馴染めるやつなのかどうなのか?という、半ば疑心暗鬼の眼差しが向けられる地域が多いと感じていて。

それが、何の障壁もなく、すんなりと受け入れられるケースというのがUターンであり、あぁ、誰々さんの息子さんね、娘さんねというだけで乗り越えられるハードルが確かに存在していて。

そのハードルは、縁もゆかりもないよそ者ではなかなか越えられない場合がある。
完全に越えられない訳ではないけど、余計に超時間がかかることが多いのが実感。それが、今現在のところモロにでる場合が農業する場合。住むだけでなく土地をつかうことと、生業までがその土地に絡むからよそで働く場合よりもぶつかることが多い。

なので、誰でもいいわけではないと思っているところが大半なのであれば、そのハードルをいとも簡単に越えられるUターン者がその土地に戻ってきてもらう方が、今後その土地において新しい風が入り込みやすくなるといった土壌になると思っている。

もちろん、Iターン者ではできないといっているのではなく、時間と労力とチョイスがかかるということ。

おまけにUターン者には数々の利点もあり、親の事業を受け継ぐということが選択肢の中に入ったり、実家があるので一旦戻って生活するのにお金がかからないという点、さらには親や兄弟、かつての友人や先輩後輩等による地元のネットワークもあり、圧倒的に何かを始めやすい。これは今まで聴いてきた体感上、特に農業はそう。壮絶で壮大な有利さがある。

ここ数年数十年、新しい風が全く吹くことのなかった村には、まず何よりもUターンの人が帰ってきてくれることが何より受け入れ側もものすごくすんなり受け入れられるし、もしよその土地で培ってきた新しい“当たり前”でもほー、そんなことあるんかいなと実直に受け取れることも多いはず。

同じ意見、同じセリフ、同じアイデア、同じ提案でも、誰のどの口から飛び出すかによって受け取り方が変わるのが残念ながら世間一般だ。

ここで一つだけ断っておきたいのは、ここまでの話は当然丹波でも起こっているが、丹波だけでなく兵庫県全域のいたるところで起こっている。

丹波は確かに田舎であるが、よその田舎と比べると格段に利便性が高く、電車も走っているし高速も通ってる、おまけにユニクロもあれば王将もある、ジャパンもあるしガストもあるし各種回転寿司もあればコンビニもどこからでも10分も車で走れば1件はぶつかる。

ここまで便利なものがそろってる田舎はそうそうない。丹波は田舎の側面は確かにあるがどっぷりとした田舎でもない。
なので、丹波で起こっている社会的な課題はよそのエリアでももれなく起こっていて、環境や条件は違えど起こっている。

今、よそと比べると格段に有利な条件がそろっているこの丹波の地で先陣切って対策を講じていき、賛否両論巻き起こしながらでも突っ込んでいくことが、必要だと感じている。

何より、なんでか知らんけど一度離れた故郷の情報というのは入ってきにくくなる。自然偶発的に耳にはいることが極端に減る。

こういった直接的な接触が起こる会でなら、よりリアルに伝えることができるのではないかと。

三つ目。

こういうネットワークの中で、丹波会がこれから丹波だけでなく大阪、東京を拠点にそれぞれが動きはじめ、丹波人が外にでようと都市部に対しアプローチをかけたいといった場合に、各地に存在する丹波人がそれを後押しし協力し合う関係性ができたらものすごくいいなあと。

例えば関東に丹波市で生産された野菜を売ろうと考えた人が、単独で東京へ出向いていっても東京には色んな地方も乗り込んできているしそれこそ箱モノや人件費にも多大な予算をつけて圧倒的な差がスタートの段階でついてしまっているということも多々ある。そんな中、たった一人でも東京の事情に詳しいやつがいて、色んなアドバイスやお手伝いをし相互に有意義な関係で動くことができると、地方で事業を行う身としては大いに助かる。

等々。

他にも理由はあるけど、ビールまわってきてもう眠いから続きはそのうち会った時に。
そんなこんなで、やってます。

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