先日は十数年前に丹波にUターンした人に話を伺った。会ったのは完全に別件やったけど。

その方がちょうど今の僕くらいの年の頃にUターン。
きっかけは親父さんがなくなったこと。
末っ子やったけど、兄弟みんな市外に出ていてそこで家が存在したので、帰ってこないと。

「ほんじゃわしがやらなしゃーないか」と。当時その方は奥さんと東京にいたけど子供がまだいなかったので、じゃあ丹波いきますかということになったと。

ここで、そもそも、
「ほんじゃわしがやらなしゃーないか」となる人ってすげー珍しいんじゃないか?と思っていて。
やっぱ、肌感覚的にはなっかなかいないそんな人。頭によぎっても実際に動ける人はそういない。皆が皆、そういう発想に至っていたら今頃丹波市内はUターンラッシュなんじゃないか?と思う訳です。

・他の兄弟は帰る気はさっぱりなかった。
・親は財産だけでなく借金等もがっつり遺していた。
・着手しかけでそのまんまになってるものがあった。
・このままほっとくと赤字になる事業がいくつかあり、特段何も手を打たれてなかった。
・田んぼと畑は本腰入れてやるのにも管理だけするのにも設備投資等金がかかる状態にあった。
etc

全部、生前の状態に知っていて、「やらなしゃーない」となった。
なりますかね?普通の人なら逃げたくなるような金額で、おまけに何にも見通しがつかない状態で。

1つだけ言えることは、俺やったら絶対いや笑
名前変えてでも逃げたいレベル笑

どういう状態であれば、そう受け取れるのか?
根掘り葉掘り聴いてみた。ここまでの流れはざっくりと以下。

・子供の頃の親父との関係は物心ついた時点から希薄でほぼ放置、超自由

・学校卒業後丹波を出て東京に拠点を移し色んな事業をやり、日本だけでなく海外に飛び回っていた

・親父がちょくちょく東京を訪ねてくれて、色んな話を聴いていて、ほな拠点は離れとるけどこれからお互いの為に何か一緒にやりましょかいねという話をしていた矢先に他界された

当時を振り返ってみて、“何があったから帰ろうと思ったと思うか?”について聴いてみると、

「うーん、わしだけやったからやろなあ、親父のというか、実家の状態ちゃんと聴いとったん。他に誰もおらんしな」

「20代の間に、好き勝手やらせてもうて、やりたいことは思いつくだけ全部やってきたし、金もしこたま稼いだし、やり切った感があったしやな。飽きとったんやろな」

それで、Uターン。
今は全てチャラにして、何かおもろいことがしたいと画策中。

なりますかね?!

客観的に聴いていて、この流れになる前提には、

◆いかなる負債や見通しのたたない状況であってもなんとかできそうと思えるだけの経験と知恵があったから
◆現状に満足していなかったから
◆親から子へ、現状を包み隠すことなく腹割って伝えていたから(伝わるだけの関係性がそこにあったから)

なんだろなと。

あと、“三つ子の魂百まで”というけど、本人の記憶にないだけで恐らく親父さんとご本人の間で小さいころにがっつり意思疎通がなされるだけの接触があったんやろなと。今、この方とお子さんの関わり方を見ててそう感じる。遺伝というのは、こういう際に発揮されるもんだと思っているから。

子どもに関する教育方針を聴いていても、ああ、そういう感じでやってたら間違いなくこんな人になるわって思うような内容で。

「子どものことであーだこーだ文句いう奴はな、大体そいつがそうなんや」
「人に文句いうやつもそう。大体そいつがそうなんやて。おもろないやつに成り下がってることを自覚せなあかん」
「もう一人でできることはやり尽くしたんや。おもろいことを誰かと一緒にやりたいねん」

こういう、どうしようもなくかっこいいこといえちゃう人生の後半、まじ最高やなと思う。

かれこれ、3か月間程移住相談窓口をやってきた中で、先日の土地に関する投稿含め今現在感じていることは、市内の集落すべてにおいて、こういったすげーパワフルで柔軟なUターンの人がいれば、もっとIターンの人もやりやすくなるんじゃないかな、と思っている。

これまでやったことないことに着手するということは、闇雲に先の見えない状態で突っ走っていくことになるけど、ここまでがっつりやってみた中、少しながら見えてきた光明。一旦、己の感覚を信じ、残りの9か月を突破することにしよう。